日本が左ハンドルに切り換えるチャンスがあった
でも、馬車から発展したクルマは、当初は右ハンドル車が主流とされていました。それがだんだんに左ハンドルに変わって行ったのですが、左ハンドル車が普及した後も高級車メーカーは右ハンドルに固執した例が多く、ルイ・ルノーも「ハンドルの正しい位置は右だ」と語っているとのことです。
このようなことが自動車の歴史を記した『自動車はじめて物語』(折口透著:立風書房)という本に記載されています。この本はハンドル位置の話以外にもいろいろな初めてが書かれていてとても面白い本です。
日本でなぜ右ハンドルが決まったかについては私も知りませんが、それを左に変えるチャンスが一度だけありました。伝聞ですが、そのときのことを紹介しておきます。
私は日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)という団体に入会しています。前述の本の著者である折口透さんも大先輩の会員です。そのAJAJに戦前の運輸省航空局、戦後すぐの時期に自動車局(当時の正式な局の名前は違っているかも知れませんが、そうした部署という意味でご理解ください)に勤務されていたMさんという方が、退官後に顧問としてAJAJに在籍されていた時期がありました。
私は、そのMさんと会ったことも直接話したこともありませんが、Mさんと話した先輩会員の話では、戦後すぐの時期にMさんが自動車局で規格の責任者をしているとき、GHQの担当者から日本も左ハンドルに変更するようにとの指示を受けたそうです。
当時のGHQの指示は絶対的なものでしたが、Mさんがいろいろ検討した結果、乗用車やトラックはともかくバスのハンドル位置を変えると乗客の乗降口も変更なければならなくなる、でも当時の日本にあるバスは車体の剛性が低くてハンドル位置や乗降口の位置の変更に耐えられない、また変更に必要な資材も簡単には調達できる状況にない、などの理由を示して日本の左ハンドル化を断ったということでした。
Mさんの説明に対してGHQの担当者も納得し、日本ではクルマが右ハンドルのまま現在に至っています。思えば、明治か大正の時代に右ハンドルに決めたのだとしたら、その後唯一の変更の機会が戦後の占領時代だったのですが、AJAJで顧問をされていた方の判断で変更のチャンスを逃したとなると内心はやや複雑なものがあります。
もちろん、当時としては右ハンドル継続の判断が正しかったのと思います。でも当時はとても想定できなかったであろう現在のような自動車時代が到来した後では、あのときに左ハンドルに変更しておけば良かったとのに、と感じる部分も少なからずあります。
ほぼ全ドライバーが右ハンドルを前提に免許を取得し、クルマの普及台数が8000万台近くにまで増え、道路や駐車場などのインフラ整備が進んだ今となっては、ハンドル位置を切り換えることなど望むべくもありません。日本は永遠にハンドル位置の問題を抱えていかざるを得ないのです。
コメント
「被害の大きかったところや離島だけでも右側通行左ハンドルにすればいいじゃん」と言う人もいますが、ジュネーブ交通条約で一国一制度の原則が定められているので無理です。
地下鉄についても、大深度地下建設をしなくてはならない現状から「戦後の焼け野原の時に造っておけばこんなに金がかからずに済んだ」という人が多数いますが、これも全くの結果論。
東京メトロ副都心線は昔の新宿界隈の状況から考えたら建設自体あり得ませんし、地上建設区間は戦前の弾丸列車計画のように住民から無理矢理土地を奪う用地取得が行われる可能性が大でした。
(関連して、東北新幹線や上越新幹線が東海道新幹線に較べて建設費が高いのを批判する人がいますが、東海道新幹線は弾丸列車計画の用地を多数転用できたから廉価だったのであり、一から用地取得しなくてはならなかった山陽新幹線以降を同列に比較するのはアンフェア)
しかしながら一方では、バスを改造ではなく、新車代替とかアメリカ等から中古車搬入とかで賄い、費用は連合国が支援するとかして右側通行左ハンドル化できなかったのか、という気もしなくはありません。
この場合、復興が最優先だった日本政府だけを悪者扱いするのは筋が違いますし、命令するばかりで支援しなかった連合国にも問題があると思います。
松下さんは「日本は永遠にハンドル位置の問題を抱えていかざるを得ないのです」とお書きですが、果たしてそうでしょうか。満足のゆく自動車(輸入車、国産車問わず)を手に入れることができ、同様に満足のゆくカーライフを送ることができれば、このことはそもそも問題として出てこないように思えます。一部メーカーの未だに不出来な右ハンドル車や、右を輸入しないインポーター。それは、あくまでメーカーやインポーターの「固有の」問題です。
左ハンドルを運転する技量の無い人も、右ハンドルの輸入車であれば運転できるから。
大筋でと言ったのは、メーカーもすべての車種を右ハンドル化はできない。
左ハンドルでしか乗れない車も当然でてくる。
それを、日本で乗るなと言うのは、自動車文化を愛する者の言葉ではない。
「日本で左ハンドル車はダメでしょう」とは、「できる限り右ハンドル化してほしい」
との意味でしょう。
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