トヨタ ミライ(MIRAI)長期評価レポートVol.11 チーフエンジニア「田中義和」氏に聞いた【ミライの過去、現在、そして未来】松下 宏がレポート! [CORISM]
苦労だらけの開発。なんとか形にしたものの、ミライはまだまだ簡単に生産できるクルマではない!
具体的な内容はいえませんが、開発がかなり煮詰まった段階で化学的な課題に直面し、どうしたら解決できるのか方向性さえ見えないような状態に陥ったことがありました。幸い解決できたから良かったのですが、あいまいにしておくことのできない課題だったので、そのときには開発のスケジュールを全面的に見直すことも覚悟しました。
生産技術を確立するのも難しい課題でした。燃料電池のスタックは1mm以下のミクロン単位での精密な加工が必要です。しかも80kW程度の燃料電池なら比較的容易に作れるのですが、114kWの出力を持つ燃料電池となると、格段に難易度が高まります。1台のミライを作るためには、相当量のスタックが必要になりますが、それを安定して作る技術を確立するのが大変でした。
燃料電池以外の部分でも全く新しい生産技術を必要とする部分がありましたから、燃料電池車を量産するための技術を確立するには多くの苦労がありました。
それでも生産台数が少ないとお叱りを受けています。なので2016年以降に増産対応を図ることを表明しましたが、正直なところ燃料電池車は、まだまだ簡単に量産できるクルマではないのです。
地道に長年積み重ねてきた研究・開発スタッフの執念が、初の市販FCVを生み出した!
ご存じのように、私はプリウスPHV を担当していましたから、ミライをやるようになったのはその3年ほど前からです。
でも、トヨタ自動車としては1992年から燃料電池車の開発に取り組んでいて、ずっと燃料電池を担当してきたスタッフもいるわけです。基礎研究の段階から、その研究が日の目を見るかどうか分からない時期からずっと担当してきたスタッフがいます。そうしたスタッフの「自分のサラリーマン人生のうちに何としても実現する」「物づくりで世の中を変えたい」という執念のようなものが、ミライの早期市販につながったのだと思います。
従来のFCHVアドバンスは、特定のユーザーを対象にリースするだけでしたが、ミライは一般のユーザーを対象に市販する形にしました。普通の人に普通に乗っていただけるようなクルマでないと、燃料電池車としての存在意義が問われてしまうからです。
特許公開の是非は色々あったがトヨタの燃料電池技術が世界に広がることは「開発メンバーのよろこび」でもある!
あるいはトヨタの技術に良い点があり、ほかの企業の技術にもまた優れた部分があるなら、クロスライセンスにして燃料電池の技術を全体として進めていくことができます。
自動車メーカーに限らずほかの業界からもたくさんの問い合わせをいただき、いくつかの案件で具体的に検討を進めています。自動車以外にも広げることで、燃料電池の技術の進歩が早まると思います。
燃料電池車の生産には、多くのサプライヤーさんに協力をいただいています。「人とクルマのテクノロジー展」を見て、従来からのトヨタ系サプライヤーさんが、こんなにいろいろなものを作っていただいたのかと改めて認識する部分もありました。トヨタ紡織とかトヨタ車体とか、本当にたくさんのサプライヤーさんにいろいろな部分で協力していただいてます。
もちろんカーボン素材については新たに東レさんにお願いするなど、新規で加わったサプライヤーもあります。さまざまなサプライヤーさんから協力をいただいてミライを作っているのです。
不利は承知! やらなければ進歩は無い。リスクを取ってでも、未来の水素社会へ道を切り開く!
さらにいえば、中長期的な展望として炭素社会から水素社会への移行というのが見えつつあります。自動車メーカーとしては、当然対応しておく必要があります。それなりのリスクをとってでも燃料電池車の開発に取り組み、市販していく必要があるのです。
水素の効率についていろいろな議論があるのは承知しています。現時点で単純に考えたら、純電気自動車のほうが効率が高いかも知れません。ただ、だからといって燃料電池車を否定してしまったら進歩がありません。
今の時点では、多少は不利であるかも知れませんが、燃料電池の普及によって水素の作り方、運び方、貯蔵の仕方などがどんどん進歩していくと思います。それによって水素の効率が高まるものと考えています。
何度かお話ししていますが、オーストラリアに露天掘りのできる褐炭が大量にあります。その褐炭から水素を取り出し、発生した二酸化炭素を地下に埋めた上で、水素を液化して日本に運んでも、コストやカーボンオフセットの観点から有利になるということで、川崎重工さんが取り組んでいます。
あるいは北九州では、汚泥から発生するメタノールから水素を取り出すことが検討されるなど、水素の作り方などについてはさまざまな研究が進められています。今後は水素の優位性がどんどん高まっていくでしょう。水素には電気と違って貯蔵できるという特徴があり、運搬なども比較的容易です。水素エネルギー社会に向けた福岡県の取組みへ
もちろん、だからといって電気自動車を否定するということではありません。深夜に充電して翌日の昼間に近距離を走らせるという使い方をするなら、電気自動車にも大いに存在意義があると思います。低料金の深夜電力を使えば走行コストも安上がりでしょう。
燃料電池車と電気自動車はそれぞれの特徴を生かしつつ共存していけます。
燃料電池車の普及には時間がかかるが、車種を増やしたり燃料電池の効率を上げながら普及させる努力を続けていく
しかも、ハイブリッド車はガソリンスタンドというインフラがあっての普及でした。燃料電池車が、ハイブリッド車のような勢いで普及するのは難しいと思います。我々も今後も効率の良い燃料電池車を作り、さまざまなモデルを設定するなどして開発に努めますが、燃料電池車に普及には長い時間がかかるものと考えています。
もう普通のクルマを開発できないクルマに? FCVは、さらなる航続距離のアップを目指す
先に申しましたように、ミライでは燃料電池の大幅な効率アップを実現しました。今後は、燃料電池車のシステム全体を軽量・コンパクト化するなどして航続距離を伸ばすことなどを考えていく必要があるでしょう。軽量・コンパクト化が進めば、将来的にはミライよりも小さなプリウスくらいのサイズの燃料電池車も実現できます。
ミライに関しては、後席の足元を中心に居住性を改善したいと思いますし、燃料電池車として考えたら、クルマとしての魅力を高めたり、生産性を向上させたり、価格を引き下げるなど、やらなければならないことはまだまだたくさんあると思います。
次に作りたいクルマですか? う~ん、プリウスPHVをやってミライをやりましたから、普通のクルマは作れない体になってしまったかも知れませんね。(笑)
トヨタ ミライ価格、航続距離、スペックなど
代表グレード | トヨタ ミライ(TOYOTA MIRAI) |
---|---|
ボディサイズ[mm](全長×全幅×全高) | 4,890×1,815×1,535mm |
ホイールベース[mm] | 2,780mm |
トレッド前/後[mm] | 1,535/1,545mm |
車両重量[kg] | 1,850㎏ |
最小回転半径[m] | 5.7m |
FCスタック型式 | FCA110 |
FCスタック最高出力[kw(ps)] | 114(155)kw(ps) |
高圧水素タンク容量[L](2本) | 122.4L(前方60.0L/後方62.4L) |
モーター最大出力[kw(ps)] | 113(154)kw(ps) |
モーター最大トルク[N・m(kg-m)] | 335(34.2)N・m(kg-m) |
駆動用バッテリー | ニッケル水素電池 |
容量[Ah] | 6.5Ah |
サスペンション(フロント/リヤ) | ストラット式コイルスプリング/トーションビーム式コイルスプリング |
最高速度(㎞/h) | 175㎞/h |
一充電走行距離距離[㎞] | 約650㎞(JC08モード走行パターンによるトヨタ測定値) |
定員[人] | 4人 |
税込価格[円] | 7,236,000円 |
発表日 | 2014年11月18日 |
レポート | 松下宏 |
写真 | トヨタ/編集部 |
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